アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2017-09-23

勉強について私=親の考え

息子に

勉強について今度話し合いたいと思っていること、
そのために私=親が色々と考えていることをまとめていること、
息子くんにはその時が来たら、意見を聞かせてほしいこと

を伝えました。

息子は「分かった」とニヤッとしました。


そして、私は勉強について私=親の考えをまとめてみました。
まとめると色々なことがごちゃごちゃしていることが分かりました。
「何となくイヤ」がいっぱいでした。
私が問題だと感じていることの着地点が、自分自身が分かっていないという状況でした。



自分自身の考えを整理するにあたり、

野田先生の補正項の記事(2015年3月19日)前日の補正項に、"目が「不適切な信念の矯正」に向いていることが、アドラー心理学らしい働きかけの《必要条件》" と書いておられることを念頭において息子の行動を改めて見てみると、不適切な信念は持ち合わせていないように思うのです。

面倒だな・・・とは言うけれど、宿題はちゃんとした方がいいと考えているみたいだし、
ここに「丁寧に」とか、「手を抜かず」とか、「時間の余裕を持って」とかの修飾語を親の私は付けたいと考えるけれど、それを省いてとてもシンプルに考えると息子は「不適切な信念」は持っていないと思うのです。

ただ、不適切な信念を持っていないといはいえ、そこから行動にうつすかうつさないかの違いは大きくて、それは人生を左右することにも影響を及ぼすことがあるとも思うのです。

「面倒だし、ま、いいか」の繰り返しでいいとは思えない。
でも、自分を追い詰めて倒れてしまう人も多い中、「ま、いいか」も時には必要。

その丁度いい具合をどうにか一緒に考えられるといいと思っています。
ここに書くことでスッキリしたので、息子に聴きたいこともまとめられそうです。



2017-09-21

「面倒」に向き合うこと

「子どもの勉強」についてのモヤモヤをずっと考えております。

「親の思うレールに無理矢理にでも歩かせた方が、結果的に子どもも満足するのかもな」なんて、子どもが進学校に進んだ親さんの話を直接に聞いて思ったりもして、

「面倒だ」という子どもの気持ちは問答無用で、宿題をさせることだけに労力を注ぐことにしよう!と思ったりもして、

これらが全くもってアドラーでないことだけは分かった上で、「もうアドラーでなくてもいいわ」と思ったりもして、

モヤモヤは募るばかりでしたが、そんな時に、こちらから相談したわけでもないのに、紹介していただいた野田先生の補正項の記事(2015年3月19日)。これはやっぱり縁なのだと、アドラーに戻ることにしました。

要するに私も「面倒」を避けているのですね。

もう少し、私の中で色々なことが定まったら、子どもたちと話をしようと思います。