アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2015-07-29

ラジオ体操

先の記事で口うるさくなっているこの夏休みのことを書いたら、かなり冷静に振り返ることができました。

冷静に振り返ったその気持ちを大事に、
まずは朝のラジオ体操のことについて、息子と話し合いました。

というのは日曜日の夜10時まで起きていて、
月曜日の朝は起きるのが大変だったのを本人が自覚していて話し合うのにもちょうどいいタイミングだったのです。

母「今日は9時に寝た方がいいかもよ、今日の朝、起きるの大変だったでしょ?」
子「そうだね」
母「もうラジオ体操にも一人で行けるし、朝は自分で起きてくれるかな?」
子「いいよ」
母「自分で目覚ましセットしてね」
子「分かったよ」
母「息子くんが起きなくてもお母さんは声掛けなくてもいいかな?」
子「いいよ」
母「本当に声を掛けないから自分で起きてね」
子「はーい」 と
私の声掛けは不要で自分で起きるということになりました。

この会話の通り、しつこいくらいに念押ししましたので、後は見守るだけです。

でも、この見守りのが親としては大変だったりするんですよね・・・。

6時に目覚ましは鳴ったものの、なかなか起きてこない・・・
見守ると決めたものの声を掛けようかどうしようかとやっぱり悩む

待つこと10分ようやく起きてきたものの ボーとしてなかなか着替えない・・・
そんなこんなで時間が過ぎ、 「もう出発しないと間に合わないよ」とイライラしてきても、口出し厳禁と心に決めて、見守る。

でも、出発時間ほんの5分前に追い上げて、顔を洗って、着替えて、歯を磨いて、ダッシュでラジオ体操の会場に向かいました。ギリギリ間に合ったかな?それは不明だけれど、とにかく、ラジオ体操の出席印はもらえました。

課題の分離だけれど、心から分離していないから、イライラ、ソワソワしながらの見守り。
このイライラとソワソワが耐えられなくて、どうしても声を掛けてしまうんだよね。そこを乗り越えないと。

2015-07-27

はじめての夏休み

課題の分離


息子、小学1年生、はじめての夏休み=私にとっても、親としてのはじめての夏休みです。

パートの仕事をしつつの夏休みですが、親子共々、充実した穏やかな夏休みにするために夏休みの計画を立てたはずが、毎日、毎日、こうもなぜ陰性感情が起こるかな・・・と思う日を過ごしています。

アドラー心理学的な夏休みと
学校からのアドバイス的な夏休みに
私自身が悩んでいるのが一つの原因かなっと。

このブログでも何度も書いていますが、 アドラー心理学、パセージでは「課題の分離」というのがとても大事です。

子どもの課題には口出ししないことが、将来を見据えると子どもの味方になるのです。

ラジオ体操に行くために6時に起きなくても起こさない
夏休みの生活の目標に書いた、勉強や生活習慣や家のお手伝いなどをしなくても口出ししない

起きられなくてラジオ体操に行かなくてもそれは子どもが経験から学ぶし、
宿題ができなくて、夏休みの終盤に慌てふためいてもそこから子どもが経験から学ぶし、

口出しをするよりも自分の経験から学ぶことの方が大きいということはそれは私も実体験としてとても理解しています。

しかし、 夏休み前にあった学校での懇談会での先生の言葉「はじめての夏休みこそがとても大切ですよ、これから6年間の夏休みの過ごし方が決まりますよ」が大きく響いておりまして、

子どもが自分の経験から学ぶよりも前に、口出しをしてしまい、やるべきことをさせる夏休みになっています。

この夏休みが6年間の夏休みが決まると言われれば、
「6時だよ、ラジオ体操に時間だよ、起きて」から始まり、
「夏休みの宿題はした?学校との約束で書いた時間(1日1時間)は勉強は終わった?」
「いつ勉強始めるの?」
「おうちのお手伝いはしないの?」
と口出しのオンパレードです。

ただ、6年間もこんな夏休みはイヤなので、課題の分離をして、必要なところは共通の課題として、一緒に取り組みたい。

夏休みも1週間が過ぎました。
ドキドキしていた夏休みの学童も3日目、楽しい!というわけではないようですが、行き渋ることなく通ってくれそうな感じです。

もう少し様子を見て、子どもも私も気持ち的にも時間的にも落ち着いている時に二人でこれからの夏休みについて話し合ってみたいと思っています。

夏休み前半、できれば7月中にその話し合いをして、アドラー的な夏休みに切り替えられるようになりますように。


2015-07-14

あちらにもこちらにもおやつのゴミ

「選択できない可能性」というのをパセージプラスで学びました。

これについてはパセージプラスにも書いてありますが、育児の方法としては毒薬なのだそうで、そうそうに多用してはいけないのですが、 学びの段階として、

あちらこちらでおかしを食べては、そのお菓子のゴミを片付けずにいる子どもたちを例に 「おかしを食べる」「ゴミを片付ける」で選択できない可能性が使えるかを一緒に考えさせていただきました。

学びの前では、おかしを食べるならゴミを片付ける、ゴミを片付けないなら明日のお菓子は食べないというのが選択できない可能性として使えるかな?と思っていたのですが

結果的にはこれは「選択できない可能性」は使えないということになりました。

使えないどころか、それは罰になっていますね・・・と痛いご指摘、確かにそうですね。

やはりここは話し合いが必要でしょうと
「ゴミを散らかっているこの状況をどう思っているのか?」

片付けた方がいいと思っているならば、
「どうしたら片付けられるか?」のアイデアを聞いてみましょうということになりました。

聞いてはみたものの、忘れずに片付けるという、今、できてないことを「できる」というので、いいアイデアは出てきませんでした。

ただ、自分で出したゴミは自分で片付けなくては!という意識があるということが分かっただけでも大きな一歩。

「誰が出したの?」
「いつ片づけるの」
「なんで片づけられないの」

ついつい、片付けられていないゴミを目の前にすると、そういう言葉が出てきてしまいますが、片付けるのを忘れているそうなので、「落ちていますよ」とお知らせだけに留めておくことにします。

2015-07-10

大丈夫、心配ない

このブログを書き始めたこともあり、陰性感情に向き合っています。

陰性感情には色々ありますが、過去へ向かっているのは「後悔」、現在については「怒り」、将来に対するものは「不安」だということを学んでから、しっくりと陰性感情に気が付けるようになりました。

そして、現在の「怒り」の陰性感情については、乗り越えるにはまだまだまだまだ先が長いですが、向き合うことで、子どもたちにとる対処行動を回避したり、感情がどうしても抑えらずにとった行動についても反省し、子どもたちにも謝ったりし、何とか乗り越える方向に気持ちが向かっているように思います。

でも「不安」についてはなかなか乗り越えるには難しいです。

課題の分離が一番いいのであろうということは頭では理解していますが、心を落ち着かせるのが難しい。特に息子の「仲間はずれ」や「体育の苦手」などを考え始めると、起こるか起こらないか分からないことにまで色々と考えてしまい、心がザワザワします。

息子本人は時々イヤなことがあるけれど、友達関係に悩んではいないし、
息子本人は体育を苦手だと思っていないし、

息子本人が「大丈夫」と思っているのに、今はただただ勝手に私だけが「不安」を抱えている状態なのはよくよく分かっていて、本当の意味での課題の分離がしたいのです。

というのは、私の「不安」が息子に伝わっていて、息子は私の「不安」を解消するために 色々と思いをはせていてくれているようなエピソードがあったのです。

意気揚々と遊びに行ったのにすぐに帰ってきたときに
母「あれ~どうしたの?」
子「う~ん、暑いからやっぱりやめた」
母「そっか」

特に暑くもない日に「暑いからやめた」とおかしなことを言うので、おや?と思い、外の様子を見てみると、遊びに出かけたものの仲のいいお友達と友達関係がギクシャクしているA君が野球を始めたようで、野球が苦手な息子は帰ってきたというのが本当の理由だったということが分かりました。

また、体育があった日に時間割に書いてあった項目を見て、
母「今日は体育館でかけっこしたんやね」
子「僕、クラスで2番なんだよ」
母「へ~そうなんだ」

本当に運動が苦手(この点については年長まで支援を受けていた)で、クラスで2番になることは本当に難しいことだと思うのだけれど、2番なんだと言いました。

息子は人見知りな分、よく人のことを見ていて、そして年齢以上に他人の気持ちが分かるところがあるのです。

私が「不安」に思うこともたぶん理解していて、それを思い計ってくれているような気がしています。

そんな優しい息子に私の不安を巻き込んではいけないと思っています。

親に不安をかけたくなくって、必要以上に頑張ってしまう、
親に不安をかけたくなくって、心配ごとを親に相談できない、

こんな親子関係を望んでいるわけではないのです。
息子が元気よく幸せに生きていくために手助けが必要なときは手を差し伸べる親子関係を望んでいるのです。

そして今は本当の意味での課題の分離が必要な気がします。

息子に関する「不安」ではあるけれど、この「不安」は親の課題なのです。 息子が大丈夫と心から思っているなら、大丈夫なんだと心から思えるようになりたいのです。それが今の息子を勇気付ける一番の方法。そのための第1歩、「息子は大丈夫、心配ない」と思うことを決めてみよう。

2015-07-05

夏休みの計画

「夏休みの計画を立てる」という宿題が出たので、小学生になってはじめての夏休みということもあり、家族全員で、夏休みについて話し合いました。

ダンナと私の関係が非アドラーなので、家族会議はとてもハードルが高いのと、息子の夏休みの過ごし方が大きな話題であったので、パセージが提案する家族会議の趣旨と少しずれていたな・・・と終わってから気付きました。

それでも、ダンナにも息子が夏休みに何をしないといけないのか、ということを分かってもらえたし、よかったとしましょ。



小学生になってはじめての夏休み
経験したことがないので、計画表は私が作成しました。
息子に学校からの案内を説明しながら、夏休みにすることを伝えました。

「夏休みの計画を立てる」は息子の課題ではありますが、すっかり、私の課題にしちゃってますね・・・
でも、夏休みの計画を、はじめての夏休みを前に1年生にはハードルが高すぎるだろうと、お手伝いです。お手伝いを超えて、手出しかな?

毎日することについては、息子に決めてもらおうと、余白いっぱいのお手製夏休みカレンダー
夏休みの宿題を自分自身で全てやり遂げるためのお手伝いはするつもりです。

声は出すが、手は出さない

「夏休みの宿題はしなくても、最後には親が助けてくれる」なんてことを学ぶ機会になりませんように。

2015-07-04

部屋の片付け

今日も朝からドッカーンです、それも大爆発・・・
昨日から玄関にほったらかしになっていたランドセル、

母「ここは玄関だから、ここにランドセルは置かないで、片付けてね」
子「分かった」

と昨日の夜から何度かお願いしていたのですが、何度も子ども自身も気付いているだろうに、今朝になっても片付けていなかったので、

母「何度も片付けてと言ってでしょ、片付けないということはランドセルはいらんということやね、もう外に放り出すよ」

とドッカーンと大爆発です。


陰性感情=怒りを持って、息子を恐れさせ、私の言うこと=「ランドセルを片付けさせる」に成功しました。私はランドセルを片付けさせるために、怒りを使ったわけです。

アドラー心理学では感情は自然に起こるのではなく、感情は目的を達成するための道具として、私自身が作り出していると考えるのです。

でも、これは速攻性はありますが、副作用が大きすぎる。
毎日、毎日、ガミガミと言い続けていて、その時、その時は速攻性があるけれど、結局、そのガミガミでも、「ランドセルを片付ける」という不適切な行動がなくなることはないということも私の子ども自身の気持ちを振り返っても、今の子どもたちを見ていても、経験的に理解しています。

「お母さん、うるさいな・・・」「お母さんが怒るから片付けよう」ということを子どもたちに教えたいのでは決してなく、

「家族みんなが気持ちよく暮らすために、ランドセルは片付けよう」という気持ちを教えたいのです。


結果的に「ランドセルを片付ける」という適切な行動が身に付いたとしても、
その裏にある気持ちは
陰性感情=怒りの感情でもってした躾では「お母さんが怒るから」になる可能性が高く、
そこは丁寧に、ランドセルを片付ける意味=社会の一番小さい単位の家族と調和して暮らすことを教えていきたいのです。



さて、この陰性感情の「ランドセル」エピソードはどうしたらよかったのかな?と、自分自身のエピソード分析。

母「何度も片付けてと言ってでしょ、片付けないということはランドセルはいらんということやね、もう外に放り出すよ」と言った私の行動の目的は

「子どもがランドセルを今すぐ片付けたら」解決するのなら、

その目的を達成するために陰性感情を持たずにできるよい対応は何だろうな~

この時点では昨日から何度もお願いしていたから「今すぐ」片付けてほしいわけですから、
そこを伝えてやさしくきっぱりともう一回伝えるか、

「今すぐ」にこだわらないなら、子どもに「いつ片付けるのか?」を尋ねて、解決(解決できる時間)を一緒に探すか、

なのかな?

何れにせよ、陰性感情は持たずにですから、
「まだ片付けてない・・・」と気付いて、陰性感情を持った時ではなく、まずは落ち着いてから。


2015-07-03

ゲーム時間のルールについて -3

結末を経験したけれど・・・

7月になりましたので、ゲームの20ポイントが復活しました。
待ちに待っての7月1日、すでに2ポイントを使いました。

「学習してないのかね・・・」と苦笑いを越して、イライラしてしまいました。
ゆっくり学べばいいと思っていたけれど、現実の私はそうはいきませんでした。

気持ちが落ち着いたところで、冷静に、
母「こんな風に使っていると、後半は夏休み、時間もいっぱいあるのにまた全くゲームができなくなるよ」
子「いいよ」
母「また、ずっと遊べない日がすぐに来ちゃうよ」
子「そうだね、明日はゲーム×(=休み)にするわ」

と言ったので、ほっとしておりましたが、

7月2日、宿題を終えた息子が「ゲームするわ」と・・・陰性感情ドッカーンです、反省。

経験しながらね、ゆっくりね、学べばいいと思っていたのに、即効性を求めてしまうんだよね。
彼はまだ小学1年生、成長の段階と言い聞かせております、自分自身に。

2015-07-01

子どもたちの相性

「仲間外れ」のことをダンナと話しをしました。
子どもたちにも相性があるからある程度は仕方ないというのが私たち夫婦の結論です。


ご近所さんで遊び仲間は小1~小4まで男女合わせて10名ほどいるのですが、それぞれに相性があり、10名みんなでは遊べるけれど、それが2~3人になった時は、遊びたい子と遊びたくない子が出てくるのはある程度仕方がないと思っています。

ご近所さんなので、「みんな仲良く」できればそれが一番。

でも、大人の私も、ママ友さんと4~5名で集まるときはそれはそれで楽しいけれど、その中で2人きりでランチに行こうとなるのは1人いるかいないかの現実を考えると、子どもの世界でもそうなんだろうと。


息子は活発なA君(小2)が大好きです。
でも、A君と息子の興味の幅も違えば、運動能力や器用さに学年以上の差があるのも確かです。
そういうこともあり、A君からすれば息子は遊び相手として物足りないのだと思います。


恐らく、息子も何となくA君のそういう感情を薄々理解し始めている気がします。

そして、仲たがいするのではなく、いい距離感で付き合っていけばいいのかな~と思っています。
A君とは今はこういう関係かもしれませんが、友達の関係はまた変化するかもしれません。成長する段階で、興味が合って、意気投合するかもしれませんし、そういうのを経験しながら、人間関係を学んでいってくれたらいいと思っています。

もちろん、一方的ないじめや暴力など、明らかにその関係性におかしさを感じたならば、手を差し伸べる必要がありますが、先日の仲間外れは私の判断ではギリギリセーフ。


「みんな仲良く」は絶対的に正しいけれど、お互いの関係性において、難しいことがあるのが現実。

ここで親の私が「息子も一緒に遊ぶ」ことをA君に相談し、そして受け入れてもらったとしても、究極なことをいえば、たった1日の楽しさを味わっただけに終わったかもしれませんし、悪い方向に想像すれば、それ以降の関係性をもっと悪くする結果になったかもしれません。

そういうことを考えると、
「見守る」ことは、息子はA君との関係性を学ぶ機会なのであろう、
イヤな思いを経験したことで、相手を思いやる気持ちや、相手がどういう気持ちになるか想像する力を学ぶ機会なのであろうと信じたいと思います。

幸い息子と遊びたいと思ってくれる友達がいるし、ご近所さんという大きな枠の中では上手に遊べているのですから、A君との関係は「注意深く見守る」が、今のところ、私ができる、子どもへのお手伝いかなと思っています。

もちろん、不安は拭い切れませんが・・・その不安は私の課題。