アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2015-10-30

下校トラブル

息子、下校時に相次いでトラブルがありました。

「30分の道のりを小学1年生の男女が足並みを揃えて、毎日、一緒に仲良く帰るのは難しいとは思うけれど、無事に楽しく帰って来てほしいね。」と一緒に帰るお友達の親御さん達と入学当時は話してはいたものの、交通上の問題や、下校班の中で友達関係でトラブルが続いて起こり、学校側から子どもたちは話しを受けました。

このトラブルの中で、お友達にイヤな思いをさせた立場でもあり、息子はイヤなことをされた立場でもあります。

そして私は「友達にイヤな思いをさせることはなかっただろうか?」「(息子自身も)イヤは思いをすることがなかっただろうか?」とと神経質になり、帰宅後毎日、息子に確認してしまいました。

しかし、その私の心配が、かえって息子を追い詰めているようにも思え、

友達との関係を築くのは息子の課題
息子の友達関係を心配するのは私の課題

と課題の分離をして、見守っているところです。


特にお友達との関係に距離ができたようで、
今回の下校トラブルがあるまでは帰ってすぐに遊びに出掛けていたのに、
ここ最近、家で一人で遊んでいたりすると、
「何かあったのかな?」
「今日はお友達と遊ばないのかな?」と心配になります。

でも、それを口にしないことにしました。

母「今日はどんな予定?」
子「家で遊ぶ」
母「そっか」
子「お母さん、一緒に遊ぼう」
母「いいよ」

今はちょっとギクシャクしているだけで、また元通りに毎日のように遊ぶかもしれないし、色々とあったことで、距離が離れたままになるかもしれない。

どちらにしても息子が決めたお友達との関係、親はその決断を受け止めたいと思います。
寂しい想いの上で決断をしているならば、その寂しさを包み込んであげたいと思っています。

でも、正直なところ、課題の分離をすると決断したものの、子どもの下校が心配でこの1週間過ごしたので、週末になってホッとしています。

2015-10-28

決めつけないで話しを聞こう

娘が通う幼稚園は原則、バス通園なのですが、家庭の事情で親が送迎することをその日その日で変更することが許されています。

我が家は私が仕事のある日は私が送迎を、休みの日はバス通園ということでお願いしておりますが、
私が休みの日=バス通園の日の朝、娘を起しながら、

母「今日はバスの日だよ」
娘「今日も送りにする」
母「今日はお母さんは仕事が休みだから、バスだよ」
娘「送りにしてよ(泣き)」
母「ええ、どうして?バスがいやなの?」
娘「バスがいやなの、送りにする(大泣き)」
母「お母さんを困らせないでよ」
娘(大泣き)

と私は娘のわがままと決めつけて、話しを終えました。

少しして娘も起き、私も冷静になったので、
バスがイヤな理由があるのかもしれないと話しを聞くことにしました。

母「娘ちゃん、バスはイヤなの?」
娘「イヤ」
母「バスでイヤなことがあったの?」
娘「イヤなの」
母「娘ちゃん、バス好きだったでしょ」
娘「だって、遅れるのがイヤなんだもん」
母「あぁ~そうか、この前、遅れて先生が家まで迎えに来てくれたもんね」
娘「遅れたらイヤなの」
母「そうか、じゃあさ、今日は早めに準備して9時に出発しようか」
娘「遅れない?」
母「娘ちゃん、準備ができるかな?」
娘「分かった」

そうなんです、この前、家を出る時に「帽子がない」と探していたら、間の悪いことに、バスも早めに到着したので、先生がわざわざ迎えに来てくれたことがあったのです。

その時に苦い思いをしたんですね、冷静になって話を聞いてよかったです。

聞かずに終えていたら、私は「娘がわがままを言った」と思ったままだったし、娘は「親は私の気持ちを分かってくれない」と思ったままだったかもしれない。
すれ違いを一つ残したままになってしまうところでした。

このすれ違いを残さないためにはやっぱり話を聞いて、お互いの気持ちを確かめないといけませんね。特に、言葉が早く、口が達者で、少々強引(!)でも普段から意見をちゃんと言えるような娘の場合は、こういう行動をどうしてもわがままに見てしまう私がいます。普段から穏やかで、あまり自己主張をしないような息子の場合は、何かあったに違いないと大慌てするのに・・・


そして、その日は娘は少しの声掛けでいつもより早くに準備ができたので、いつもより早くに家を出て、外で20分近く待ちました。



そうそう、この話し合いで、時間ギリギリの行動が多い娘が「遅れずに行きたい」という気持ちをが育っていることを見ることもできました。

気持ちが育っていれば、いつしか声掛けがなくても、自ら行動してくれると信じて見守りたいと思います。




2015-10-19

「待つ」という信頼

成長の差はそれぞれです。
我が家は息子の成長はとてもゆっくりで、娘の成長はとても早くて、どちらの親の気持ちも経験させていただいています。

息子が歩き始めたのは1才6ヶ月
言葉は2歳過ぎまでしっかりと出ませんでした。
指差しもしないし、1点集中で黙々と同じことを繰り返して遊ぶ、友達との関わりも薄い、そんな感じで発育の検診でも「要観察」となり、
その後、発達検査を受けて、客観的にも支援が必要という診断を受け、街の発達支援教室(こちらは社会性を中心に)、作業療法(こちらは運動の発達を中心に)に通い、息子の成長をサポートしてきました。

医療的な面からのサポートを受けながらも、口々で言われる「自己肯定感」を親としてどう育てていけばいいか悩んでいたところに出会ったのが「勇気づけ」育児のパセージでした。

生きている、それだけで十分からスタート
はじめは「そんなことだけで何が解決になるの?」と反感を覚えました。
でも、とにかく2週間、試してみて下さいと言われ、今となってはどのような言葉で表したらいいか分かりませんが、「そういうことか!」と思ったと記憶しています。

成長がゆっくりだと焦ります。
1学年下のお子さんにも成長を抜かれたりして、「何でできないの!」と理不尽にイライラをぶつけたりしたこともあったのも事実です。成長の差はそれぞれ、でもいたるところにあふれる成長の指針に全くついていけてない現実に不安が募るのです。特に一人目、成長の目安はそれらの指針を頼るしかなく、「息子は大丈夫だろうか?」という想いが拭えませんでした。

でも、親のそういう気持ちは子どもに伝わりますね。言葉にしなくてもです。

アドラー心理学に出会って、パセージを受けて、正の注目をするということで、ゆっくりではありましたが「信頼して待つ」という気持ちが持てたことが、今、ようやく、待ってよかったと実感できるようになりました。

親が「大事」と思い続けていることの「種まき」をし続けたことが、少しずつ芽が出てきています。

「種まき」も親が勝手にするのではなく、

母「こんなところに参加したいんだけど行ってみる?」
子「うーーん、行ってみて楽しくなかったらすぐ帰ってもいい?」
母「そうだね、行ってみてから決めてみようね」
子「いいよ」

こんな風に相談し、時には子どもから拒否されて、引っ込めたりしながらも、大事なことを伝えたくて、学んでほしくて、場所を変え、品を変え、ようやく子どもに合う場所で、成長を実感することができています。

新しいことへ挑戦することに慎重な性格の息子がゆっくりと育てたものは、元々持ち合わせている「集中して深く関わる」ということが伴って強みがあるように思います。

「行かない」→「行ってみようかな」→「行くわ」→「今日は何をするのかな!」
「やらない」→「やってみようかな」→「次はこうしてみるわ」

種まきは親がしましたが、そこからはゆっくりと2年以上かけて自ら育てた気持ち、やる気です。
目を見張るような具体的な成長があったわけではありません。息子が育ててきたその気持ちを大事に、これからも、相談しながら、成長を支えていきたいなと思っています。

2015-10-16

肯定文の声掛け


アドラーの「勇気づけ」育児の初心者の私が
まず、心掛けていることが感謝を伝えることだと前の記事に書きました。

それと同じく、肯定文での声掛けをするようにも心掛けています。
「はしの持ち方が違う」
「お菓子を立って食べない」
「テレビをそんな近くで見てはダメ」

「ダメ出し」が染み付いているから、ないない、ダメダメ否定文の大嵐です。

口から自然に出る言葉が否定文といってもおかしくないほど私の言葉に染み付いているから、否定文を肯定文にするには本当に難しい。

あ、また言っちゃった、
あ、また言っちゃった、と今はまだ気付きの段階ですが、

否定文に気付いた後に、

「はしは正しく持とうね」
「お菓子は座って食べようか」
「もう少し下がってテレビを見ようね」と肯定文を考えることを繰り返し、口から自然に出る言葉が肯定文になるようにこれも鍛錬中です。


アドラー心理学の「パセージ」で一番はじめに学ぶ
<子育ての心理面の目標>
1)私は能力がある。
2)人々は私の仲間だ。
この信念が声掛けから子どもたちに伝えられているかを点検します。

「はしの持ち方が違う」と声を掛けられた時に1)私は能力がある。2)人々は私の仲間だ。と思うかと問われたら、多くの人が「No」と答えると思うのです。私が参加する自助グループではこれらの声掛けの言葉を実際に聞いてもらって、感想をもらって、点検したりもしています。

そんな点検をしてもらうと、「はしは正しく持とうね」と肯定文で陰性感情を持たずにして言うことではじめて<子育ての心理面の目標>が達成されることが分かります。

言葉だけを肯定文にするだけの小手先での変化をしてもそこに陰性感情があっては伝わりません。

陰性感情がないことが大前提、まずはそこからなんです。これも日々鍛錬中です。

2015-10-15

指しゃぶりと「注目して!」

娘の指しゃぶり、「止めよう」と共通の課題にして、了承を得た上で、指を吸ってしまったときはバイターストップを塗るということを繰り返して、終わりが見えてきました。

指を吸ったら注目をしていたので、指しゃぶりという親からの注目と関心が一つ減ったと思ったのか、

「もう指吸わないよ~」
「指吸うの止めたんだよ~」
「もう指にたこなくなってきたよ~」と事あるごとにアピールされます。
子どもは親からの注目がほしいんだな~というのを実感

指しゃぶりは癖ではあったけれど、親から注目をもらえる一つの方法と娘は無意識に行動していたのかもしれませんね。


気になる行動=私が不適切と思う行動に注目をする=「負の注目」をすることの方が簡単
これから抜け出して、適切な行動の時に注目をする=「正の注目」をするように心掛けていますが、まだまだ娘にとっては足りないのだろうな。


アドラー心理学は褒めることもよしとしていませんので、私の場合、本当にちゃんと心掛けていないと「正の注目」がなかなかできません。

子どもを信頼し、尊敬し、感謝することが正の注目
初心者の私が、一番とりかかりやすいのは感謝で、小さなことでも「ありがとう」を言うように心掛けることからはじめています。

例えば、
電気を点けてくれたら「ありがとう」
色々と考えを伝えてくれたら「教えてくれてありがとう」

子どもは親から注目と関心がほしいのです。
それが100で満タンとするならば、「正の注目」で100を目指したい。

ついつい負の注目が先に来てしまうから、本当に心掛けが必要。日々、鍛錬です。