アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2015-12-24

不適切な行動の中にある適切な行動

「どうしたら気持ちよく時間に間に合うように出発できるか? 再び」は解決しないまま2学期が終わりそうです。

見守ろうと決めた矢先に、遊んでお茶をこぼす(*1)という・・・
これを見守り勇気づけられるほど私はまだ成長しておらず、

娘に限らず、息子の不適切な行動にも目がいき、

バンと爆発してはすぐに冷静になれるはずの私が、ここ数日は、陰性感情をずっとくすぶらせて過ごしておりました。その間は、正直なところ、「アドラー育児、無理だわ・・・」と諦めてしまいたくなっておりました。

そんなこんなで、陰性感情をもって子どもたちと接していたわけですが、
怒りでもって伝える言葉は何も伝わらないことだけは分かりました。

子どもたちは「お母さんが怒っているから」としか理解しないわけで、
本来、伝えたい大きな共同体感覚はこれっぽっちも伝わっていないのよね。

やっぱりダメだと気が付いて、やはりアドラーで勇気づけていきたいと思いました。

休みに入れば、子どもたちとの時間も増える分、様々な感情を持って、私は色々と行動するのだろうけれど、

新しい年を家族で迎えられる喜びを持って、
不適切な行動にも適切な行動を見つけられるよう、何はさておき何がおきてもまずは「よかった」と思うと心に決めて、次に何が「よかった」かを見つけるようにして、冬休みを過ごしてみようかな~と思います。


ということで、どうしたら気持ちよく時間に間に合うように出発できるか? 再び は3学期に持ち越しです。



*1
遊んでお茶をこぼした後、娘は自分で掃除をしておりました。
でも、陰性感情が消えなかったのでね、その時はその適切な行動に声を掛けてあげられなかったんですよね。私は陰性感情を使って何をしたかったんでしょうね・・・大反省しています。



2015-12-17

どうしたら気持ちよく時間に間に合うように出発できるか? 再び -1

寒くなってきました。

息子と同じく娘も布団の中でモゾモゾと、起きてきてもストーブの前に陣取って、動きが遅くなってきております。

朝の出発時間に間に合うように準備する」課題については解決したはずでしたが、再び、浮上してきました。

息子のように時間をお知らせするたけではダメで、
自然の結末(幼稚園児なので、一人で行くという結末は体験できませんが、髪を結びたいけれど、間に合わなかったので、結んで登園できないという経験)をしましたが、その学びが続くことはなく、

何というか根本的に娘との関係を見つめ直そうかな~と思っています。

前回の時よりも、私自身も少し成長し、娘のことを客観的に見てみると、
「私にもっと注目して!」という気持ちが不適切な行動に出ている可能性があるのかな~と思い直しています。

負の注目でなく、正の注目をしているつもりなんですよ。
でも、娘からすると足りないのかもしれませんね。

これは私と娘の関係。
第2子という家族の位置も関係しているかもしれません。

課題の分離とか自然の結末とか、そういうものの前に、正の注目をちゃんと娘に伝えていこうかな~と思っています。


とりあえず1週間、2学期が終わるまで、特に朝の準備において、もっと心掛けて、正の注目をしてみます。

2015-12-16

兄妹喧嘩

アドラー心理学では生まれ順によって一種の性格傾向があると認められています。

例えば、上の子は、下の子が産まれたことで赤ちゃん返りを経験する機会があるけれど、末子はその機会はありません。
また、反対に第2子以降は生まれたときから上に兄/姉がいるので、親を独占するという期間が一度もありません。

そんな風に、家族の中での位置関係(環境)から性格傾向があるのは理解できます。
しかしながら、あくまで傾向で、これが個々に当てはまるかどうかは別の話かな~とも思います。
実際のところ、我が家の場合、息子は妹が産まれた時に赤ちゃん返りはなかったし。これは、他人への興味が薄く、友達関係を作るのに人より遅く成長したことも関係しているのかなとも思います。


そんな生まれ順によって一種の性格傾向があるとことと、第2子(娘)について、同じ立場である私の経験も踏まえて、2歳差という年齢の差を考慮しながらも平等という点ではかなり気をつけています。

「お兄ちゃんだから」「妹だから」とかそういう理由で、
優遇されたり、我慢させられたりすることがないようにと思いながら育児をしています。

その一つが「課題の分離」です。

録画のテレビ番組を見るとき
息子「Aを見る」
  娘  「B」
息子「Aだって」
  娘  「Bがいい、ギャー(泣き)」となることが多いのですが、

娘が泣くからといって、息子に我慢してもらう必要もないし、
そもそも、2人の問題なんだし、「課題の分離」で親が解決するのはおかしい話。

こんなときは冷静に「2人で相談して決めてね」と言うだけ。
時間が迫っているときは「2人で相談して何分までに決めてね」とお任せ。

もう少し年齢が離れていると、長子の言葉巧みな説得で決まることもあるのかもしれませんが、我が家の場合、こういう風に声掛けをすると2歳差だからかジャンケンになりますね。

ジャンケンに負けてギャーギャー言うときもありますが、そういうときも仲介をしません。

私に泣きついてくることもありますが、「残念だったね」とトントンするだけ。
しばらくすればスタートしたテレビ番組が気になって、ケロッとして見始めますし、いつまでも拗ねてテレビが見られなかったら、それはそれで結末を経験することで学ぶこともあるでしょう。


分かってはいるけれど、 ケンカなのか、遊びなのか、「イヤだ、イヤだ」という妹にしつこくちょっかいを出す兄に陰性感情で「やめなさい」と言ってしまったり、
宿題を頑張っている息子に何度も邪魔をする妹に、「いい加減にやめなさい」と言ってしまったり、 2人の課題は、2人で解決、これを基本に、課題の分離で見守りたいなと、鍛錬中。

2015-12-14

子どものライフスタイル

子どものライフスタイルを読みました。



アドラー心理学は「目的論」なので、私たちの行動には不適切、適切に関係なく また、認識しているかしていないかも関係なく、目的があって、その目的のために 行動しているのだそうです。

これらのライフスタイルは幼き頃の成長過程でおおよそ決まります。
子どもたちがどういうライフスタイルを築いているのかが気になって 読んでみたわけですが、カウンセラーになるために深く勉強していない 身分で個々のことが分かるわけもなく・・・

ただ、子どもたちを育てるにあたり、
共同体感覚が身についていることが 大きな要であることには間違いなく、

そのために常に親は 子どもたちが
「自分には能力がある」
「人々は仲間だ」と 感じられるように心理面の目標に向かい、

そして
「自立する」
「社会と調和して暮らせる」と いう行動面の目標を達するという、

パセージの基本の基本につながるんだな~と改めて思いました。

パセージはアドラー心理学からできた育児法なのですから、 当たり前のことなんですけどね。

この目標さえ見失わなければ大丈夫なんだけれど、 ついつい、親が手をかけすぎたり、先回りしたり、よかれと思って 勝手な行動をしてしまうんだよね。


そしてライフスタイルを築くにあたり家族での位置(兄姉弟妹の関係)が深く影響するらしく、それらについても少し触れることができました。これについてはアドラー心理学という観点でもう少し深く学びたいな~と思っているけれど、なかなかその機会とその本を見つけられません。




2015-12-11

習慣を目標にしない

今冬はインフルエンザの予防接種を受けないことにしました。

明確な考えがあるわけではなく、有効性とか子どもたちの注射キライとか、何となく漠然と「今年はいいかな~」と思っていたところ、 お友達が予防接種を受けたのを知った息子から「インフルエンザの注射する?」と確認されました。「今年は受けずにおこうかな~と思っている」と言ったら、嬉しそうだったので、そういう決断にしました。

感染症に注意が必要な時期になり、手洗いとうがいをより一層丁寧にしていきたい。
毎年、この時期になるとそういう風に声掛けをすると、「面倒だな~」という雰囲気でしたが、今年は動きが違います。シャキシャキです。

インフルエンザの予防接種を受けないと決めてから子どもたちに丁寧に説明しました。
「今年はインフルエンザの注射は打たないことにしたけどいいかな?打たないから予防を頑張ろうね。帰ったら、手洗いとうがい、しっかりしようね。」と。

テレビでウイルスに関する番組を見たのも影響しているんだと思いますが、手洗いとうがいの重要性を理解しているので、行動はシャキシャキです。

でも、重要性は理解していても、忘れる、忘れる。
帰ったら手洗い、うがいを習慣にすることは目標にしないので、忘れているのをお伝えするだけです。

・起きたら、顔を洗う
・ごはんの前に手洗い
・ごはんが終わったら食器を片付ける
・ごはんの後は歯磨き
・帰ったら、手洗い、うがい
これに加えて、帰ったらすぐに宿題とか、1日1回お手伝いとか、そんな風に習慣にすることを目標にしないと決めると、楽になりました。

親が付いて世話が必要なころに習慣にしていることでも、身につくこともあれば、身につかないこともあります。

毎日、毎日、毎日、毎日、身につかない習慣に目がいき=負の注目をし、声掛けをしていれば、一日中、小言、注意で勇気くじきの日々です。

習慣にすることを目標にすると、「また今日もしていない」「いつになったらできるのだ」という言葉の陰性感情が出たり、それを口にしたりしてしまいますが、

自らできたらOK=正の注目をし、していないのは忘れているだけかもね~と思うと、声掛けの言葉も違ってくるように思います。

親が身に付けてほしいと願っていることなので、その願いを変える必要がなく、習慣にするという目標をやめるだけ。

親が付いて世話が必要なころから、必要なことと思って一緒にしてきたことなので、親から子どもへ伝わっていることは多いと思います。しかし、親と子どもは違いますから、親が必要だと思っているこれらのことを子どもは必要でないと思っているのかもしれません。

それはそれぞれが子どもに聴いて、確認するしか分かりませんが、うちの場合は行動が伴うか伴わないかは別として、洗顔、手洗い、食器の片付け、歯磨きなどは社会でも学んでいるので、必要だと理解はしています。

必要だと理解していると分かれば、子どもはただただ忘れているだけだったり、ちょっと面倒だな、と思ったりで、「今日」は行動していないだけなのかもしれません。

そういう見方ができると、陰性感情を乗り越えられるはず、鍛練、鍛練。



2015-12-09

陰性感情をのりこえる工夫(朝の準備から)

寒くなってきました。

息子、6時の目覚ましで目を覚ましていても、一向に布団から出てこなくなりました。
出掛けるまでの準備も少しずつスピードアップしてきたので、6時30分に朝ごはんを食べ始めれば、朝の登校班の集合時間には間に合うので、それまで、私はお口チャックを頑張り中です。

「6時30分だよ、朝ごはんできているよ」で動き出せばOKなのですが、
これ以上遅くなると、私のイライラ=陰性感情が出てきます。

起きられず、準備が間に合わずに遅刻(登校班の集合に間に合わない)は子どもの課題なので、親は関与しないという課題の分離をしたくても、 幹線道路の信号を2カ所渡って登校するので、もし、登校班の集合に間に合わなければ、この信号2カ所を渡り終えるまでは親が付き添って下さいとのお達しが小学校からあり、実際、交通事故が起きていることからすると、 「遅れても一人で行くんだよ~」と課題の分離ができないのが現実。

登校班の集合に間に合うように家を出発することを共同の課題として、息子と協力することになっていて、

「時間になったら伝える」ということは話し合って決めたのですが、
この伝えるときに陰性感情があっては何もかもが勇気くじきになってしまいます。

のらりくらりと本を読みながら準備をしていたり、
ストーブの前でボーとしていたりするのを見ると、

「早くしなさーい」と陰性感情をもって息子の登校の準備を急がそうとしてしまいます。
なので、私の変わりに「あと5分だよ、急ぎましょう」はタイマーでお知らせしていただくことにしました。
息子が気付いて、登校の準備を急ぐという目的のために
「早くしなさーい」と私が陰性感情をもって時間を伝えるよりは
無機質でもタイマーにピピピピと時間を伝えてもらう方がいいかな~と思っています。

もちろん、私が陰性感情を持たずに伝えられるようになるのが一番なのですが・・・まだまだ鍛錬の身。無機質なタイマーで少し冷静になれる私もいるから、お助けグッズとして活躍していただいています。

余裕で準備できる日もあるから、息子はできるのです。
ギリギリになったりする日が時々ある。

この時々に負の注目をしないで、余裕で準備できた時に正の注目する。
これが理想、頭では分かっているのですが、なかなか完璧に実行するために親の私も成長の時間が必要です。

その親が成長できるまで、タイマーの出番。
ガミガミ、グチグチを減らすための私の工夫です。