アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2016-03-30

息子の友達関係

春休みになりました。
3月は仕事の休みを何とかつけられたので、家で子どもたちと過ごしています。
特に大きなイベントもなく、子どもたちはほぼ毎日、家で、ブロックで遊んだり、本を読んだり、テレビを見たり、工作したり、私とカードゲームをしたり、兄妹と遊んだりして過ごしています。

そんな中、娘は家での時間を持て余し、外でお友達の声が聞こえたら、「お外に行ってくる~」と出掛けます。

息子は引き続き家での遊びを継続です。
そんな時にモヤっとします、「お友達と遊ばないのかな?」と。

以前、下校時にトラブルになったご近所のお友達とは「いつも一緒」から「遊びたい時に遊ぶ」関係に変化しました。そして、息子は誘われたら遊ぶけれど、自ら誘ってまでも遊ばないとしているようです。

それが息子が決めたことなら、親は見守ればいいんだけれど、このご近所の友達がいたからこそ、大きな枠でのご近所さんと遊んでいたんだな~ということも分かり、そういうことが分かるとまた心配になります。

トラブルになっていない。
息子は友達と遊ぶよりも家で過ごすことを望んでいる。

この二つがはっきりしていても、尚、不安という陰性感情を抱く私がいます。
ただただ、その陰性感情を口に出して息子に伝えまいと決めてはいるものの、恐らく、この不安は息子に伝わっている気がします。

なかなか乗り越えられないです、この不安。


2016-03-26

お手伝いしましょうか?

子どものことなんだけれど、子どもがやるより、親がサクッと済ませた方が早い時っていっぱいありますよね?

年中の娘は、色々とおぼつかないことが多いので、ついつい、手を出してしまうことが多いです。親はよかれと思ってしているけれど、子どもにとってそれが本当によいかどうかは不明。

時間がかかっても自分でやりたい気持ちがいっぱいのことが多いような気がするのです。だから、親がサクッと済ませた方が早い時でも、子どもが望む方法で手を差し伸べたいと思っていて、そういう時に「お手伝いしましょうか?」と声を掛けるようにしています。


エピソード1

自転車を片付けるのに5cmほどの段を持ち上げる必要がある我が家

娘がその5cmを持ち上げるのに、前から持ち上げるにも重たい、後ろから持ち上げようとするとバランスを崩す・・・「手伝って!」とも言わず、自分自身で頑張ってはいたもののちょっと難しそうです。

もちろん「手伝って!」と言われれば手伝う予定でしたが、その言葉もない。
自分でやりきりたいのか、それとも手伝ってほしいのか、分からない。
分からないなら聞きましょうと「お手伝いしましょうか?」とお尋ねし、「手伝って!」とお願いされましたので、二人で協力して片付けました。


エピソード2

夕飯作りのお手伝いを申し出てくれた娘に冷蔵庫からお味噌をとってもらうことにしました。
お味噌は冷蔵庫の一番上が定位置です。
まずは台をもってきて取ろうとしましたが、まだ届かず、次は椅子を持ってきました。
お味噌は買ったばかりでそこそこ重いので取るのは難しそうですので、
「お手伝いしましょうか?」とお尋ねしました。この時の返事は「自分でできる」ということでしたので、そのままお任せしました。
その後、お味噌を溶かして、お味噌汁も完成し、「ありがとう」を伝えました。



パセージの子どもの課題を共同の課題にする(1)で、2.言葉ではっきり頼まれてから手伝うということを学びました。

ただこの「お手伝いしましょうか?」の声掛けは年中の娘への声掛けです。小学生になった息子にはあまりこの声掛けはしません。小学生の息子は息子自身に解決してもらうことが望ましい年齢になっていると考えているのと、第1子の息子は第2子の娘以上に手をかけて育てましたので、「お手伝いしましょうか?」と声を掛けたら、9割9分「手伝って!」という答えが返ってきて、その後、親に丸投げということが多いのです。なので、なるべくこちらからの確認はしないようにしています。
もちろん息子から頼まれたときは、その都度、考えます。引き受けることもあれば断ることもあります。そこは臨機応変に、ただただ過度になり過ぎないようには気を付けて。




2016-03-23

子どもの感性

娘(年中)は、面白い発想をよくします。
物の見方も親の私からすると「へー」と思うことがいっぱいです。
この感性を大事にしたいと思っていて、物の成り立ちとかに関しても、科学からすると間違っていても、そこは受け流しています。まだ年中、説明しても理解は難しいですし。

特に絵、粘土などの作品造りに口出しは絶対しないことを己に課しています。


それは息子(小1)に口出しをした結果の反省からです。
息子は発達がゆっくりでした。それが心配で心配で・・・という日々を過ごしていた時期がありました。絵を描き始めるのも遅く、何とか何とかという気持ちから、描きたい気持ちも育ってないのに、絵を描く練習をし、そして、親がおかしいと思うところを直してきました。
(成長の目安はあくまで目安、それに惑わされないで、と今でこそ思いますが、第1子、何事も経験がないので仕方ありませんが、ネットや本の情報だけに惑わされず、地域の保健師さんやベテランの保育士さん、専門家の客観的にアドバイスをもらうのが一番の解決だと今は思います。この不安については不安を抱え込まず、解決するにはどうしたらいいのかという目的に変えて行動に移してみるのがいいのかもしれません。私はそうして、アドラー心理学に出会い、療育というサポートを受けることになりました。)


今でも息子は絵を描くことが苦手。苦手というよりも自分が思う通りのものに描けないことの不安を持っていて、抽象的なものに関してイメージしにくいようです。
その特徴に加え、親が声を出し、口を出した結果、図工の絵を描く課題では、自由に描くことに躊躇し、先生に「これでいいの?」と聞くそうです。
息子のそういう確認についてはよく分かっていて、反省もこめて、答えがないような図工においては「いいよ」と認める声掛けをするように今さらながらしています。

2人とも物作りが好き。ブロックで色々なものを作ったり、、ダンボールで何やら作ったりしています。子どもの自由な発想に寄り添い、完成を一緒に喜ぶ。これで十分なんだと息子の経験を経て学習させてもらいました。



娘はまずは何でもやってみようという気持ちが強いので、絵の具で遊ぶワークに参加したときに、色を重ねて重ねて、出来上がったものが真っ黒!ということもありました。
重ねているときに「あー」と思ったのですが、口チャック。

この後の子どもの反応は様々だろうけれど、娘の場合は、自分の思う通りにしたことに満足、「黒くなったー!」とその発見に喜ぶタイプ。

「作品の完成に黒だけってどうよ?」と思う気持ちはもちろんありますが、それは親の感性。子どもは違う感性を持っているので、課題の分離で口チャック。

自由に、自分の思う通りに作品を作る娘は、心から作ることを楽しんで、完成を喜びます。そんな姿がクラスのお友達にも作る楽しみを伝染させているみたいです。

2016-03-18

行動の目的=話を聞こう

私の行動にも目的があるということは、子どもたちの行動にも目的があるということ。
それが私が陰性感情を持つ行動であっても、子どもたちにも子どもたちなりの目的があるということ。

親の私は子どのの行動に陰性感情を持ったとき、その目的を勝手に想像したり、決め付けたりして、子どもの目的を聞かずに否定することが度々あります。

賃貸に住む我が家のお風呂には追い炊き機能がありません。
寒い時期は、子どもたちは40度でも十分温かいそうだけれど、私は寒い、そんな時は、高温(60度)のお湯を足して、冷えるお風呂を温めたりします。

そういうことを知っている娘が私がシャワーを浴びて髪の毛を洗っているときにお湯の温度の設定を変えて60度にしました。急に熱くなってびっくり。びっくりしたと同時に「何をしているの」と陰性感情を持って大きな声で叱りました。そこで止めておけばよかったのに、「なんでそんなことするの。もう勝手に触らないで」とダメ出しの大きなもう一言を出しました。

ここずっと、大きな声で感情的に言うことで子どもたちを動かすことの多い日々が続いていることを自覚していたこともあり、その一言を出した後、「またやってしまった・・・」と後悔。

しょんぼりしている娘の顔を見て、自己嫌悪。

お風呂で温まりながら、落ち着いてきたところで、娘と話すことにしました。

母「娘ちゃん、どうして60度にしたの?」
娘「お母さん、温かい方がいいかな~と思って」

60度のお湯を出すことが危ないことを伝えてはいたものの、やり方を知っていた娘は私のために動いてくれていたんですね。なのに、陰性感情を持って叱ってしまいました。

母「そうか、ありがとうね。でも、60度はね、やけどするんだよね。とても危ないからね、娘ちゃんはその温度にしないでね。娘ちゃんが触ってもいいのは41度まで。いいかな?」
娘「43度にしたこともあるよ」
母「そうか、じゃあ、最高で43度までね、危ないからね、約束ね」
娘「分かった」
母「大きな声を出してごめんね」


分からないなら聞けばいいのに、その手間を省いてしまうことはとても怖いです。
私のためにと思って動いてくれていたのに、否定したままで終えずによかった。

本当は、大きな声で陰性感情を持って勇気くじきをすることなく、先に話を聞けるといいんだけれど、その域に到達するにはまだまだ。

まだまだだけれど、一度否定の声掛けをして勇気くじきをしたとしても、そのことに気付いたなら、話を聞いてみる。話を聞いて、子どもたちの目的を知って、本当によかったと思うことはいっぱいあります。不適切な行動(私が陰性感情を持つ子どもたちの行動)にも必ず、適切な面があるのです。それを知らずに子育てをし続けるのは、子どもに「親は何も分かってくれない」という気持ちを芽生えさえ、子どもとの信頼関係を失うことになるような気がするのです。

2016-03-15

陰性感情をのりこえる工夫(子どもたちの時間の使い方)

2月、3月、仕事も忙しく、体調も壊しがちでした。
身体の調子が悪いと、心の方も調子が悪い。

陰性感情は目的をもって自ら作りだしているとはいえ、その目的をどうしても素早く解決させたくて、大きな声で感情的に言うことで子どもたちを動かすことの多い日々が続きました。

アドラーを知る前でも知った後でも、陰性感情を乗り越えるのはなかなか難しいものです。

ただ、アドラーを知った後は振り返り、
私は陰性感情を持って、大きな声で感情的に子どもたちに言うことで何を成し遂げたかったのか?
次、同じようなことがあったらどうしたらいいのか?
を自問自答する癖がつきました。

その癖が身を結び、陰性感情を乗り超えられる回数を増やしていくことができたらいいな~と思っています。


その一つが子どもたちの時間の使い方

我が家は夕ごはんは18時ごろに食べる、そして21時までに寝るというスケジュールで日常を過ごしています。これは基本の時間です。

この基本の時間に協力して家族と過ごすために、
子どもたちなりに「いつ宿題をするのか?」「何時からお風呂に入るのか?」と色々決めて生活をしています。

子どもたちが決めた時間を知らないと、「いつ宿題をするのか?」、「いつになったらお風呂に入るのか?」と気になるので、そういうときは「これからの予定は?」と聞きます。子どもたちの予定は、毎日、変わるので、毎日聞きます。予定が知りたい私の場合、帰宅時と夕飯時に2回聞くことが多いです。

夕飯時に
母「これからの予定は?」
子「ごはんを食べて、6時45分からお風呂に入るわ、そして7時からテレビを見る」
母「じゃあ、6時45分にお風呂は準備しておくね」

と、いつ何を協力することができるのかが明確になって、陰性感情を一つ乗り越えることが可能です。

親が決めた時間ではなく、子どもが決めた時間です。6時45分きっちりとまではいきませんが、ほぼほぼ守ります。そうすると、「お風呂に入りなさーい」と「いつになったらお風呂に入るの!」と陰性感情を持った負の声掛けも減ります。

こうして、小さなことではありますが、子どもの意見も尊重し、積み重ねを経ると、親が決めた時間に沿って行動してもらわないといけないときにも協力し合えます。そこにはそうしなければならない確たる理由と時間があるわけですから、親の意見も尊重し、説明すれば納得してくれることが多いかな~と思います。