アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2016-06-22

娘からの教え

自分ひとりでは解決できそうになかった子どもたちの不適切な行動の一つ「ゴミはゴミ箱に捨てる」については光が見えてきました。

自助グループのみなさんに今の状況(エピソード)を分析してしていただき、私の導きだした答え(共同の課題にする)とは別の視点で具体的な代替案も学ばせていただき、私の子どもたちに学んでほしいことの目的も共同体感覚を育成するという視点からも明確になっていますので、そこに向かって進みます。


ゴミをゴミ箱に捨てるについては子どもたちと相談して、忘れるならば、見えるところに「ゴミは ゴミ箱に捨てましょう」と書いた紙を貼って、面倒ならば、比較的近くにゴミ箱をもう一つ用意しと、それなりに丁寧に進めてきました。それでも、やはり完璧にはほど遠い。
そのゴミを見る度に、「いいかげんにしなさい」の-5の陰性感情は持たなくなったものの、「どうしたら捨ててくれるのだろうか?」と-1、 -2の陰性感情を持ち続けております。

その陰性感情がなくなる工夫をしなければならないのですが、今までの学びの経験と、自助グループのみなさんからの学びとで、できるような気がしてはいたものの、「あああ、こういうことなんだ」と実感として教えてくれたのは娘でした。


今朝、私はパンを焼いたまま、本当にすっかり忘れていました。
パンを焼いてトースターに入れたまま1回、その後、思い出して、お皿に置いて、何らかの用事で席を立って1回、2回も続けて。

すっかり忘れている私に、娘は「お母さん、パンを食べるの忘れているよ」と別の用事をしていた私のところにパンの入ったお皿を届けてくれました。

娘の行動は忘れているから助けてあげようという想いからの行動でした。
陰性感情なんてどこにもなく、「あああ、こういうことなんだ」と実感したんです。

私には娘を困らせようという想いなどどこにもなく、本当にただただ忘れていただけ。
そんな私に「なんで忘れるんだろうね」「どうしたら忘れないようにできるかな?」と-5という陰性感情でなくとも陰性感情を持って娘が言い出したら、私は確実に勇気をくじかれる。でも、日頃の私はそういう風に子どもたちに接しているんだなと。


母「すっかり忘れてたわ、教えてくれてありがとうね」
娘「忘れているからどうしたらいいかなと思ったよ」
母「なんで忘れちゃったんだろうな」
娘「わすれん帽(妖怪ウォッチの妖怪)なんじゃない」
母「そっか、わすれん帽の仕業か」


ゴミをゴミ箱に捨てるについては、子どもたちはもう十分に学んでいるんですよ ね。
他のことに夢中になって忘れた、今は面倒だから、後でしよう、色々な理由はあるんだろうな。
今朝の私は何で忘れたかも分からないから、そういうこともあるのだろう。

娘は私を確実に勇気づけてくれました。娘に見習おう!

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