アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2016-08-28

夏休み終わり

夏休みが終わります。
先日の登校日に宿題の提出を済ませたので、子どもも親の私も一段落しました。

アドラー心理学の子育てという観点から私の最難関でした「夏休みの工作」子どもの気持ちを進めながら一緒に頑張ったものの、経験値の違いからの気持ちのすれ違いが多々ありました。


「サッカー盤をドームにしたい(オリンピックの影響)」「点数表を作らないと」と、まだサッカー選手も、ゴールも設置されていない、サッカー場だけの状態でも夢が膨らむ息子。その気持ちを大事にしたいものの、「期日が迫っているのに、今、それを言いますか?」と陰性感情の私。「とにかく作らないと」「のんびりしていたら間に合うわない」「さっさと動く」と陰性感情、それも-4、-5の気持ちのまま進めた結果になりました。


気持ちの違いを、陰性感情を使わずに、伝えればよかったのかも、技術的に親の手助けありきの息子の夏休み工作計画で「手伝って」との依頼を最初に受けたからのお手伝いでしたが、どこかで課題の分離で、息子にもう少し主体性を持ってもらうようにすればよかったのかも、と色々と反省しております。

私はこの工作から「自分で考えて、自分で動く」を息子に学んでほしかったということを、今、改めて考えました。

2年生の息子、計画を立てて自分で動くには、まだ経験値が浅く、実際に2、3日一所懸命に頑張らないと作れない工作を1日で完成できると思っていたりするところを私の経験を伝え、息子の「さ、やろう!」の言葉を待っていたらよかったのかもしれません。

課題の分離、結末を経験する、色々な方法で息子は夏休みの工作から学ぶことがあったけれど、結局のところ、課題を間に合せたい私が、課題に介入した夏休みの工作になりました。間に合わなくて、眠たく機嫌が悪く、泣きながら、工作する姿ばかりを想像してしまって、見守る勇気を持てませんでしたね・・・。

ただ、自己評価として+を付けてもいいとすると、-4、-5の陰性感情を息子を操作したことについては、一段落してから謝りました。
「もう少し丁寧に、ちゃんと説明したらよかったね、息子くんなら分かってくれただろうに、ごめんなさい」と。
こんな陰性感情を持って操作した私を息子は許してくれました、ありがとう。

来年は、工作から息子に学んでほしいことをちゃんと定めておこう。
そうすれば、自ずと分かるだろうか、親の私がすべきことが。

2016-08-04

夏休みの工作

週末より帰省です。休みを交代で調整しながら2週間近く子どもたちは家を不在にします。
それを見越して、夏休みの宿題の計画を相談しながら決めたのですが、8月3日に完成予定だった夏休みの工作は未完成です。

今年の息子の工作は「サッカーゲーム盤」です。
夏休み前から「サッカーゲーム盤」を作るという強い意志が彼にはあり、親の私はその彼をサポートしたいと思い試行錯誤しております。

カッターで切り抜いたり、キリを使って穴を開けたり、木を切ったりで、彼の思い描くものの完成には、小学2年生の彼が始めから終わりまで一人で完成させるにはまだ実力と経験が伴わないように思えます。そんな風に思うけれど、「息子を信じていないのだろうか?」とも思う私がいて、どこまでのサポートをすればよいのか自分自身も定められないまま、結局のところ、手を動かすという点において4割近くお手伝いしているかな・・・

こんな親ですが、「勝手には進めない」「指示を与えない」ということは念頭においてのお手伝い。

母「サッカー盤の土台はどれにする?」
子「段ボールにするわ」

母「サッカー選手は何で作ろうか?」
子「プラスティックはあるのかな?」
母「これはおもちゃの会社が作っているからねー粘土を固めてなら作れるかもね?」
子「おおお、それいいね!」

母「ゴールはどうする?売っているかごを使ってみる?」
子「網を編んで作るわ」
母「網を編むの?それはお母さんも作り方が分からないわ。ネットを使うというのはどう?」
子「そうだね、ネットで編むわ」

と楽しく相談しながら、しかしながら頭の片隅に「小学2年生の息子ができるのか?」という想いを持ちながらのスタートです。

ただ「息子にはできない」と決めつけず、大人ならすぐに解決できる方法を指示するのではなく、
できないならできないなりに、また相談をして、やり方を変えればいいわけで、その工程を経ることが大事なのかな?と思っています。

この工作から、息子はできることとできないことと、今の自分の実力を経験することができたし、できないことがあっても、違う方法があることも経験したし、

何よりも自分が考えて、自分で作ったという想いを育ててくれているように思います。
完成品の出来に重点を置くのではなく、作る工程に色々な学びがあるのだろう、そして、親の私はいいところで見守りたいなと思っています。

未完成な工作は、提出期限までの予定を再度確認して、帰省の日までにここまで頑張ろうに変更となりました。
息子の頭の中では、サクサクサクサクと作れるはずだったんですけどね、それも経験。

親の見守りもまだまだ未完成、それも経験?!