アドラー心理学「勇気づけ」で
「自分の問題を自分で解決できる能力がある」子どもたちのお手伝いができるよう日々鍛錬中

2017-03-28

新学年に向けての準備ー途中経過 その1

春休み最初の週末は、私の実家へと遊びに行きました。
その後、私は仕事があるので、一足先に帰り、子どもたちは数日、おばあちゃんにお世話になります。

その一足先に帰るときに、「ちゃんと宿題を済ませておきね」と口に出しそうになったのを、グッと飲み込めました。

「声掛け」を6回することをお願いされているので、
声掛けはいいんだけれど、「ちゃんと宿題を済ませておきね」の言い方は

<子育ての心理面の目標>
1)私は能力がある。
2)人々は私の仲間だ。

の目標を達成している声掛けではないように思っていて、
どういう声掛けをするのがいいのかを私なりに考えておこうと思います。

とにかく3月に声掛けせずに見守ることにします。

買い物に行かなければならないので、仕事が休みの4月5日に第1回目の声掛けにしようかな。
こういう風に具体的に日程を決めておくと、自分自身の覚悟もより強くなれる気がします。

2017-03-23

新学年に向けての準備の相談

春休みです。息子に新学年に向けての準備について話しをしました。 (A=息子)

母「Aくん、新しい学年に向けての準備の話しをしてもいいでいいですか?」
A 「うん」
母「3年生になるので、学校から新学年の準備のお便りを見て、揃えるものとか自分で確認してもらえますか?」
A 「書いておこう」
母「書いておくとは?」
A 「必要なものを書き出すの」
母「お便りに書いてあるよ」
A 「分かった」
母「息子くんが確認して、買うものとかあったら教えて下さいね。一緒に買いに行こう!」
A 「お母さんも確認してね」
母「息子くん、自分でできると思うよ」
A 「えー確認するの忘れるもん」
母「じゃあ、確認できたかどうかの声掛けでお手伝いしようか」
A 「お願い」
母「声掛けは1回でいいかな」
A 「3回」
母「じゃあ、3回ね」
A 「やっぱり6回」
母「はい、6回ね」

こんな風に新学期に向けての準備について、子どもの役割と私の役割とを明確にしました。

課題の分離をし、お手伝いできることも確認したので、残すは私がどれだけ声掛けを冷静にできるかです。

「まだしないのか・・・」
「いつするんだ」
「声掛けしたのになぜ動かない」

こういう陰性感情を持たずにいられるかな。

「息子はできる」と信じて見守ろう、私の覚悟の宣誓です。


2017-03-21

再々考ーゲームのルール

12月にゲームのルールを考え直して、息子の希望を取り入れたルールにしました。

2ヶ月余りそのルールで進めていましたが、私は陰性感情を持つし、息子はルールを守らない。
ルールが複雑過ぎるし、息子が決めたとはいえ、勉強のご褒美がゲームなので、ゲームをすることが目的で、勉強がとても雑になって、これが本当にいいのかと甚だ疑問を持ち続けておりました。

何度か息子と衝突した上で、もう一度ゲームのルールを決め直そうと提案しました。 (A=息子)

母「Aくん、1日何時間ゲームをしたら、満足だな~と思いますか?」
A 「2時間かな」
母「休みの日でも」
A 「休みの日は3時間かな」
母「お母さんはゲームを休む日を作ってほしいのよね、ゲーム以外にも遊ぶことはいっぱいあるし、そういう経験もして、上手にゲームと付き合ってほしいの」
A 「分かった」
母「1週間に何日か休もうか?」
A 「今まで通り2日休みでいいよ」

こんな風に色々と相談して、

1)平日のうち2日はゲームを休みにして、宿題を終えてから2時間、夜の7時半には終了
2)休みの日は1日3時間まで、夜の6時には終了

こんなシンプルなルールになりましたが、宿題を終えてからと、休みの日の3時間を守ることができませんでした。

ならば、もう一度守れるルールを作ろうと、相談をしました。

母「Aくん、家に帰って来て、まずは何をしたいですか?」
A 「本を読みたいです」
母「その次は何がしたいですか?」
A 「ゲーム」
母「では宿題はいつする予定ですか?」
A 「ゲームが終わってから」

こんな風に息子の希望を聞きながら、メディア(テレビ、DVD、ゲーム)とどう上手く付き合うかについて私の意見をも伝えながら、

ゲームの時間を決めるのではなく、メディアを休憩する時間を設けるというルールにしました。

で、現在のルールは

1)火曜日と木曜日はDVD、ゲームは休み
2)夜の7時半でDVD、ゲームは終わり
3)毎日、一定の時間、テレビを含むメディアから離れる時間を設ける

総合的にみると、結果、少しメディアとの接する時間が減りました。

ゲーム、DVDの時間を制限すると、○分しかできない・・・となるけれど、
休みの時間を設けようすると、制限をされてるわけではないので、少し休憩するか!と子どもたちはなるみたい。

「休憩する時間だよ」との声掛けで、「これが終わってから」という返事で5分近く休憩する時間の開始が遅くなることもありますが、ま、それくらいならね、子どもたちとの共通の課題は、メディア(テレビ、DVD、ゲーム)とどう上手く付き合うかなので。

再々考するにあたって、何を共通の課題にできるのかを考えました。

ゲームの時間を制限したいわけではなく、ゲームを含む全てのメディアに接しない時間を持って、その時間を過ごすことも大事だということを子どもたちに伝え、ゲームなどをし続けることで起きる弊害など世間一般に伝えられていることも伝え、メディア(テレビ、DVD、ゲーム)と上手く付き合うこと、この提案を共通の課題にお互いできたのが大きな一歩であったと思います。

現在のルールになって3週間、今のところ、落ち着いています。
これから迎える春休み、このルールで一波乱あるかもしれませんね。今から心の準備をしていますので、一波乱がきたら、それも楽しんで、メディアとの付き合いを考えるいい機会になればいいと思っています。もっと成長すれば、スマホも手にする時期が来るし、もっと身近になります。それまでの学びの機会です。




2017-03-20

私的感覚の違い

子育ての中で、ダンナと私とで考えの違いがあります。

ダンナは「宿題などのやるべきことは先にすべき」という考え
私は「やらなければならない時間までに終えておけばいい」という考え

やるべきことをしておけば、後は自由時間だから、そういう時間の使い方もよし、
自分の時間なのだから、いつ何をするかは自分で決めるという時間の使い方もよし、と思っています。

そういう私的感覚を持つダンナは
息子が宿題を後回しにし、テレビを見続けてたりすると、
「宿題が終わってないなら、テレビを消す」
娘がお風呂上りでパジャマをなかなか着ないと、
「パジャマを着てからテレビにしなさい」
と、命令することがあります。
子どもたちの行動が私的感覚に触れるのでしょうね。

でも、子どもたちは反発します。 (A=息子)

A 「お父さんが先に宿題をしなさいって言う」
母「そうなの」
A 「先にテレビを見てもいいよね?」
母「お母さんは寝るまでに宿題が済めばとちらでもいいけど、お父さんは先に宿題をした方がいいと思っているんじゃない、お父さんに聞いてみれば」

こんな感じで対応すると、子どもは先にテレビを見ることを選んだり、宿題することを選んだり、それぞれです。

どちらが正しいか正しくないか、そんな裁きは必要なく、ダンナも私も、会社でそれなりに仕事をしているのだから、どちらでもいいんですよ、たぶん。だから、選ぶのは子どもたち、それでいい。
ダンナの対応にも反応しないし、ダンナも私の対応に反応しない。
一度、このお互いの考えの違いについて話し合って、ま、どっちでもいんだけど、という話に落ち着いたから。


と今でこそこんなことを言っておりますが、子どもが時間の感覚があまり育っていない小さい時は、スケジュールを管理していました。

ごはん、お風呂、テレビ、就寝、1分、2分と厳しいわけではないけれど、15分単位くらいで。
スムーズに行くときもあれば、そうでない時もあって、そうでない時は陰性感情を持つわけで、「早く、早く」と陰性感情を持って焦っておりました、私が。今でも出発時間が決まっている朝、幼稚園児の娘には「早く、早く」と陰性感情を持ったりもしますが・・・それでもずいぶんと減りました。

4歳、2歳の子どもが、ごはんを食べ、お風呂にも入る、見たいと思うテレビがあって、ちゃんと寝る、「ごはんを食べさせて、お風呂にも抱っこで入り、寝かしつけて苦労していた、その時から比べたら、成長していますね」そんな言葉をパセージリーダーさんにもらって、適切な行動に目を向けるようになったら、私が決めた細かい時間管理で子どもたちが動くことに子育ての上でどれだけ重要性があるのか?反対に細かい時間管理をすることで子どもたちの自立の芽を摘み取っているんじゃないか?とも思うようになりました。

4歳、2歳と相談できることもあれば、相談できないこともあったけれど、一方的に親が決めた時間で動くことは減らすようにしました。

例えば、「お母さん、お風呂入るねー、どうする?」と声掛けて、選択権は子どもたち。
一緒に入りたい子どもたちはほぼほぼ「一緒に入る」と言ってくれるので、その一緒に入れそうな時間を見計らって声掛けしたりして、親が工夫をしました。

アナログ時計を用意して、数字が読めるようになったら、
「6になったらごはんでいい?」
「お風呂はどの数字で入ろうか?」とか聞きながら、いつもいつもスケジュールの相談。

その習慣は時計も読めるし、時間の感覚も身に付いた今でも続いています。

そもそもの私は「やらなければならない時間までに終えておけばいい」という考えの持ち主、私的感覚を刺激することもないので、こういう考えにまで至りましたが、

「やるべきことは先にすべき」の私的感覚ならばやっぱりもう少し葛藤があるのかなっと思います。
ダンナが時々どうしても命令して動かしたくなるように。


ダンナと私が相談したように、どちらが正しいか正しくないか、そんな裁きは必要ないのだと思います。心穏やかにその日が過ごせるのが一番いいことですよね。




2017-03-16

決める方法を相談

娘が間もなく幼稚園を卒園します。
卒園式では何名かが代表で、幼稚園から、PTAから贈り物をいただいたり、幼稚園や先生に記念品や花を渡します。娘はその代表に選ばれました。

どういう風にその代表を決めたのかを娘に尋ねたら、「じゃんけん」との答えでした。

子どもたちが通った幼稚園は、行事ごとに代表で挨拶があります。
その代表の決める方法はいつも「じゃんけん」です。

先生は子どもたちに「どういう手段で代表を決めるか」を尋ねてくれて、子どもたちが相談をして「決める方法」を決めます。

幼稚園児が出す答えといえばほぼほぼ「じゃんけん」
5、6歳の経験値からすれば当たり前といえば当たり前の相談の結果。
先生達も子どもからの答えはほぼほぼ「じゃんけん」と分かっているだろうけれど、子どもたちに決める方法を相談してくれる、この一手順はとてもとても大きなことだと思っていて、アドラーにも通じるものがあるなっと感じました。

代表を務めたい子どもは立候補するし、そういうのが苦手な子どもは立候補をしない。
息子はそういうのが苦手だったから、立候補をしていないけれど、「立候補をしない」ことを選んだ息子も何かを学んでいると思っているので、それでいいと今の私は思っています。

そうは言っても、それは卒園して何年か後の成長を見届けている今だから言えること、その時は、そういう苦手な子にも機会を!と、口には出さないだけで、心の中では願っていたのは正直なところ。その私の心の声は息子に届いていただろうけれど、苦手を責めることと叱咤激励する言葉を息子に届けるのは、勇気をくじくことだということだけは分かっていたので、それだけはしなくてよかったと振り返って思います。


息子、娘とお世話になった幼稚園ともお別れです。
息子も娘も本当に大きく成長させてくれた幼稚園に感謝です。

 


2017-03-04

「お菓子を取られる」事件から

息子は親の仕事の都合上、放課後は学童にお世話になっています。
その学童では、お菓子がほんの少しだけ出ます。価格にして50円相当。小腹を満たすにしても少し物足りない量です。


学童にも班があって、その班で机を一緒にして食べることになっているのですが、同じ班の上級生2人からお菓子を2,3度、先生曰く、「2人で結託して息子からお菓子を取っていた」らしいです。

その話を聞いたのが12月ごろ、迎えに行ったら、先生から話があると言われて、お菓子を取った子ども達2人と共に話を聞かされました。

先生はすごい剣幕でこの2人のことを叱っていて、他にも少し問題がある2人で今後、学童に通えなくなるかもしれないと脅しているし、とにかく親の私にも謝れと子ども達に謝るように促すしで、勢いに押されかけていたのだけれど、

曲がりなりにもパセージを学んだ身、この子どもたちの2人の気持ちを先生の口からではなく、直接聞きたいのと、息子の親として息子を守らなければという気持ちとで、

「どうして息子からお菓子を取ろうとしたのか」
「その行為についてどう思っているのか」
を尋ねたら、「お腹が空くからもう少し食べたかった、勝手に取るのはよくないことだと思っている」との答えだったので、

「息子を困らせてやろうと思ってしたわけでないということでいいね、お腹が空いて息子のお菓子がほしいならば、ちゃんと息子に尋ねたらいい、息子なら分けてくれるかもしれない。今後はそういうことでちゃんとしてくれると信じたからね。息子の親として息子を守らなければならないから、次はないよ」

とこういう風なことを2人に話しました。最後は脅したな・・・とは思ったけれど、信じたと言ったものの、イジメのはじまりだったらという不安もありましたので、強い言葉になりました。


息子に話を聞いたら、毎回ではなくって、9月から2,3度あったそうです。
息子は本当に穏やかで、お菓子を取られたことに対して「1個くらいはいいけれど、半分以上食べられたらイヤだなとは思った」程度で、

「先生がそんなに怒るほど、イヤな思いをしてなかったんだけれど、何だか事が大きくなっちゃった困ったな」というのが正直な気持ちのようでした。

この「お菓子を取られる」ことがあって、少々、気まずい時期はあったものの、落ち着いているようでした。



そして、先日、授業参観があり、偶然にお菓子を取った2人のうち1人=□くんに出会ったところ、「○○くんのお母さん!」と笑顔で声を掛けられました。

「久しぶり!元気だった?」と返事したものの
「うん?よく私にそんな風に声を掛けられるな」と思ったのが正直なところ。
私は根に持つので、過去、息子に度を越えて、笑える範囲を超えてイヤなことをした子どもさんは覚えていて、表面上、穏やかに接していても、心の中では身構えてしまいます。

ただ、爽やかに声を掛けてくれたことが今の息子との関係なのか?とも思ったので、

息子に「□くんに声を掛けられたよ、最近、仲良くしているの?」と尋ねたら、とても楽しそうに仲良くなったいきさつを教えてくれて、今では一緒に遊んでいるとの返事でした。



子ども達ってすごいな。
過去にとらわれずに、新しい気持ちでいい関係を作っていけるんだな、と、とても幸せな気持ちにさせてくれました。



息子にはこういうようなことが度々あります。

息子は本当に穏やかで、赤ちゃんの頃から、おもちゃを取られても、特に怒ることもなく、「ま、いいか」と悟っている感じでした。ただ、時にイヤと思って口にしても、なかなか相手にちゃんと伝わらないこともあります。

そういう部分に便乗されて、遊びの度が過ぎたり、笑って許せる範囲を過ぎてしまう行為を受けることがあります。親としてはそこがもどかしく、息子への不安を拭いされずにいるのですが、穏やかなことはとてもステキなことで、それを上手に勇気付けしていきたいと試行錯誤しているわけです。

そして、今回、息子は息子なりに解決できる力を持っているんだな、と気付かされました。

不安は私の課題、この私の課題を完全に解決するまではまだまだ時間がかかるのだろうけれど、息子は大丈夫。信じて、勇気付けしていきたいと思っています。